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名古屋地方裁判所 昭和33年(行)9号 判決 1963年2月09日

原告 五藤丈吉

被告 愛知県知事・一宮市農業委員会 外三名

主文

原告の被告愛知県知事、同一宮市農業委員会、同相葉義輝及び同早田常市に対する各訴、並びに被告横貴繊維工業株式会社に対する訴のうち抹消登記手続を求める部分をいずれも却下する。

原告の被告横貴繊維工業株式会社に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告訴訟代理人は

(一)(1)  原告と被告愛知県知事、同一宮市農業委員会及び同相葉義輝との間で、被告愛知県知事が一宮市奥町字畑中八〇番の一の宅地二八一坪(以下本件土地と略称する。)についてなした、右土地を交換により昭和二二年七月二日をもつて被告相葉義輝の所有とする旨の処分が無効であることを確認する。

(2)  被告一宮市農業委員会を除く各被告は、次の如くそれぞれ本件土地につきなされている所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

(イ) 被告愛知県知事及び同相葉義輝は、被告相葉義輝のための名古屋法務局一宮支局昭和二五年二月二三日受附第四五〇号による登記。

(ロ) 被告早田常市は同被告のための前同支局昭和二六年六月一二日受附第二一八八号による登記。

(ハ) 被告横貴繊維工業株式会社は同被告のための同支局昭和二八年三月二三日受附第二一八二号による登記。

(3)  被告横貴繊維工業株式会社は原告に本件土地を明渡せ。

(4)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに

(二)  右判決中(1)を除く部分について仮執行の宣言

を求めると述べた。

二  被告五名代理人は

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めると述べた。

第二当事者の主張

一  原告訴訟代理人は請求の原因等を次のとおり述べた。

(1)  本件土地は、もと畑一反歩の農地であつて訴外白木光太郎が所有し原告が昭和七年頃から賃借耕作していたところ、昭和二二年七月二日自作農創設特別措置法第三条の規定によつて国に買収されたものである。

(2)  被告愛知県知事は、同日本件土地所有権が被告相葉義輝に自作農創設特別措置法第二三条に基づく交換により移転したものとして同被告のためにその旨の所有権移転登記の嘱託をなし、名古屋法務局一宮支局昭和二五年二月二三日受附第四五〇号によりその旨の登記を経、被告相葉義輝は昭和二六年五月二六日本件土地を被告早田常市に売渡し、同支局同年六月一二日受附第二一八八号をもつてその旨の登記を経、更に同人は昭和二八年三月二〇日に被告横貴繊維工業株式会社に売渡し、同支局同月二三日受附第二一八二号をもつてその旨の登記を経、現在被告横貴繊維工業株式会社においてこれを占有している。

(3)  しかし、被告相葉義輝所有の土地と本件土地とが交換された事実はなく、また奥町農地委員会(同委員会は現在被告一宮市農業委員会に承継されている。)は本件土地を原告に対して昭和二二年七月二日に売渡す旨を内示し、原告は同委員会に買受申込をなし、右により本件土地は当然原告に対して売渡し交付すべき関係となり実質上原告の所有に帰していたものであつて、原告は交換を承諾したこともなくこれに代る土地の交付を受けたこともないから、原告の本件土地買受権を無視してなされた被告相葉義輝に対する交換処分は無効である。

(4)  原告は右の交換処分によつて本件土地の売渡、交付を受けるべき地位を侵害されているので、被告愛知県知事、同一宮市農業委員会及び同相葉義輝との間で右交換処分の無効なることの確認を求める。仮に原告が買受申込をなした事実が認められないとしても、原告は本件土地買受の唯一の適格者であり、右交換が失効すれば買受人になり得る地位にあるから、その無効確認を求める利益がある。被告一宮市農業委員会は右交換を指示し協議した奥町農地委員会の承継者として、被告愛知県知事は自作農創設特別措置法による農地買収、売渡の直接の責任者でありかつ交換を承認して登記を嘱託した責任者として、右交換処分の無効確認の被告適格を有する。

(5)  右交換処分が無効である以上、前記被告相葉義輝のための登記は無効の登記原因に基くものとして、従つてまた被告早田常市及び同横貴繊維工業株式会社のための各登記も無効な登記原因に基くものとして、いずれも抹消さるべきものであるから、原告は前記の地位に基き右各被告に対してその各抹消登記手続を求め、更に被告愛知県知事も右被告相葉義輝のための登記の嘱託者としてその抹消登記義務を負うと解すべきものであるから、被告愛知県知事に対して右の抹消登記手続を求める。

(6)  また、右交換処分が無効である結果、被告横貴繊維工業株式会社は本件土地を無権限で占有していることに帰すので、原告は右土地に対する前述の如く取得している実質上の所有権に基いてその明渡を求め得ると解すべきであるから、右被告に対してこれを求める。

二  被告ら代理人は

(一)  被告全員の関係で答弁及び主張を次のとおり述べた。

(1) 原告主張の事実中(1)及び(2)の事実を認め、その余の事実を否認する。

(2) 国はその所有に帰していた本件土地を自作農創設特別措置法第二三条により被告相葉義輝の所有地であつた奥町八瀬割一三番田一反歩と適法に交換したものである。仮に原告主張の如く奥町農地委員会から原告に売渡の内示があつたとしても、それに何らの法的効果を伴うものではないから、交換について原告の同意を得ず或はこれに代る土地を交付しなくとも無効原因となるものではない。右交換は自作農創設特別措置法第二三条の趣旨に則し、右八瀬割一三番の土地の耕作者訴外土川一一を自作農たらしめるためになされ、右土地は同人に売渡されたものである。一方原告は本件土地に代えて国の所有地であつた奥町字土桶四六番田一反歩の売渡を受け、それに満足して本件土地については買受申込をなさず耕作を離れたのである。原告は他に戦時中の強制収用によつて耕作権を失つた奥町字上平池七番田一反歩及び小作していたが在村地主のために買収出来ない川崎五〇番田九畝二〇歩の代りとして土桶五五番田一反歩(地積は少いが、戦時中の強制収用により耕作権を失つた者に対する売渡は、収用地に公用転用部分があるためその離作反別の約半分を基準としてなしたこと、及び土桶五五番は土地の条件が川崎五〇番より遥かに良いことから、両者に匹敵するものである。)の売渡を受けている。従つて本件交換処分は実質的にみても妥当な処分であつた。

(二)  被告愛知県知事、同一宮市農業委員会、及び同相葉義輝の関係で「本件土地は既に被告早田常市において昭和二六年一一月一三日に宅地に転用(二八一坪に減歩)し、容易に農地に復元し得ない状態にあり、本件交換処分が無効であるとしても原告はその売渡を求め得ないものであるから、本件交換処分の無効確認を求める利益がない。」と述べた。

(三)  被告愛知県知事の関係で「愛知県知事は交換についての処分行政庁ではないから、その無効確認について被告適格を有しない。」と述べた。

三  原告訴訟代理人は

(一)  被告全員の主張に対して「原告は戦時中に強制収用によつて耕作権を失つた奥町上平池七番田一反歩の代りとして奥町字土桶四六番田一反歩の売渡をまたその耕作していた川崎五〇番田九畝二〇歩の耕作権を農業協同組合に提供した代りとして土桶五五番田一反歩の売渡を受けたものであつて、いずれも原告の本件土地につき有する買受の権利とは関係がない。」と述べ、

(二)  確認の利益について「本件土地が既に宅地化して容易に農地に復元し得ない状態にあることは認める。仮にその為に原告が本件土地の売渡を受け得なくなつたとしても、原告は既述の如き地位に基づき国に対して不法に売渡さなかつたことを理由として損害賠償その他の権利を主張し得る関係にあるから、本件交換処分の無効なることの確認を求める利益がある。」と述べた。

第三証拠関係<省略>

理由

第一原告と被告愛知県知事、同一宮市農業委員会及び同相葉義輝との間で、本件土地についての交換処分の無効確認を求める請求についての判断。

本件は国が本件土地につき自作農創設特別措置法第二三条に基づきなした、被告相葉義輝所有農地と交換する旨の処分の無効確認を求めるものであるので、その確認の利益の点について考えるに、本件土地はもと訴外白木光太郎の所有に属し、原告が昭和七年頃より小作していた農地であつたところ、国が昭和二二年七月二日に自作農創設特別措置法第三条に基づきこれを買収したものであることは当事者間に争いがなく、右によれば国が本件土地を売渡す場合には、原告はその買受適格を有していたものと一応認められる。原告の主張によつても原告は本件土地につき買受申込をなし、奥町農地委員会より原告に売渡す旨の内示があつたというに止まり、未だ売渡処分を受けたものでないこと明らかであるから、原告はもとより本件土地につき所有権を取得した者でないこと極めて明白である。結局原告は国が自作農創設特別措置法、農地法に基づき本件土地を売渡す場合原告に買受適格があるということを理由として本件土地につき買収後自作農創設特別措置法第二三条に基づきなされた原告主張の交換処分の無効確認を求めるものである。本件土地が現に農地である限りにおいては、右交換処分が無効であれば原告に対し本件土地を売渡されることが期待され、この点において原告に右交換処分の無効確認を求めるについての正当の利益があるとなし得ないことはないが、本件土地は既に昭和二六年一一月一三日宅地に変更され農地に回復することが困難な現況にあること当事者間に争いがなく、仮に右交換処分の無効が確認されたとしても、国は本件土地につきその宅地たる現況に基づき処分をなすべく、前記のような原告の買受適格に基づき原告に本件土地を売渡すということは期待出来ないので、原告が買受適格を有するということを理由に右交換処分の無効確認を求める利益は失われたものとなすのが相当である。又原告は、国に対して不法に原告へ本件土地を売渡さなかつたことにより生じた損害の賠償を求めるために右交換処分無効確認の利益ありと主張するが、右の如き請求の前提としては国が原告に対して本件土地を売渡さなかつたこと自体の違法が確認されれば足り、右を超えてその違法の故の右交換処分の無効迄も確認する必要はない。原告が右交換処分の無効確認を求める正当の利益があることはこれを認められないので、その他の点につき判断する迄もなく、右無効確認を求める訴を却下すべきものである。

第二被告愛知県知事、同相葉義輝、同早田常市及び同横貴繊維工業株式会社に対して抹消登記手続を求める請求についての判断。

原告は、本件土地についてなされた交換処分の無効を主張し、その無効を前提として、本件土地について右交換処分を登記原因としてなされた被告相葉義輝のための所有権移転登記、及びそれに続く被告早田常市及び同横貴繊維工業株式会社のための各所有権移転登記の各抹消登記手続を求めるものであるところ、原告が右登記原因たる交換処分の無効を争う正当な利益を有しないこと第一において判断したとおりであり、しかる以上は、原告は右各登記の各抹消登記手続を求めるについても正当な利益を有しないものであること明らかである。従つて原告の右の訴はその利益なしとして却下さるべきものである。

第三被告横貴繊維工業株式会社に対する本件土地明渡の請求についての判断。

被告横貴繊維工業株式会社が本件土地を占有していることについては本訴当事者間に争いがなく、原告は本件土地につき実質上の所有権を有するとし、右所有権に基づきその明渡を求める旨主張するが、原告が本件土地につき所有権を有する事実はこれを認めるに足る証拠がない。従つて原告は本件土地の明渡を求める権利を有せず、その請求は棄却を免れない。

第四以上の理由により、原告の被告愛知県知事、同一宮市農業委員会、同相葉義輝、及び同早田常市に対する各訴、並びに被告横貴繊維工業株式会社に対する訴のうち抹消登記手続を求める部分をいずれも却下することとし、被告横貴繊維工業株式会社に対する本件土地明渡の請求は棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 布谷憲治 外池泰治 白石寿美江)

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